家村佳代子インディペンデント・キュレーター、一般社団法人 CARD 代表
若き日にドイツへ単身飛び立った栗林は、一つの問いに向き合うことになります。「お前は、誰か?お前は、何者か?」師から投げかけられるこの質問に向き合った日々が、アーティスト栗林隆が生まれてくる境界となりました。
長崎平戸の海で育った幼少期から様々な水中世界との関わりによって、人間である自分とその世界の間に水面という境界があることに気づいたことは、水面の上下は全く異なる世界であるという身体化された経験となり、彼の“境界”というテーマとなっていきます。壁や天井という境界を超えた裏側の想像もしない世界、日常には気にもかけない見えない領域に想像を超えた世界があることを示唆し、見る人のイメージを拡げてきました。さらに本年10周年を迎えるYatai Trip Projectで、国・民族・住まうことが可能な境界線を実際に旅することで、地球には国という線引きすらもないことを実感できる作品へとつながっていきます。
そして境界を思考し続けて来た栗林の前に立ち現れた、福島第一原発事故による立入禁止区域という問題。とてつもない長さで続くしかも見えない境界を前にして、時間の流れを反転し、紡いでゆく道を探り始めます。
現れては埋もれる人々の言葉に、自然の絶え間ない動きの中に、長い長い時を超える可能性を希求し、栗林は再び、「なぜ私は作品を作るのか?なぜ私はアーティストであるのか?」という問いに向き合うことになります。ジョグジャカルタを拠点とし世界をまたにかけ活動する「アーティスト」となる中で、再び現れたこの葛藤は、より世界に目を向け、より多くの矛盾を感じる様になったことによるのだと思います。しかし、これは自分の存在を、自由にそして素直に見つめ直すことで終わりのない旅に勇気を持って向かうということを意味します。
「都会に育つ多くの子どもたち、現代に生きる若者たちの心に水を与え、自分というタネを、芽を育てる意識を育てる。不安しか与えられない社会の中で違う価値観を与えてくれる」そんな心の庭を育てる「にわし」になっていくことに至ります。
9月末にスタートする瀬戸内国際芸術祭2019秋会期では、伊吹島の400年に渡り女性がお産前後の一月ほどを過ごす場所としていた“出部屋”に強く引かれ、そこで制作・展示します。30億年の生命記憶を受け継ぎ、赤ちゃんは生まれてきます。それは変化する地球の中で続いてきた生命のかたちと記憶です。お産は、かけがえのない命の境界線です。ここで制作される「伊吹の樹」には、万華鏡の様に、このいのちの記憶が光となって根っこから映り込みます。この島が彼の母親の生まれ故郷でもあったことは、見えない糸がたぐり寄せたのでしょうか。
アートフロントギャラリーにて行われる本展は、この栗林の自身の存在への問い、心の庭を育む試み、そして自由ないのちというものが交差する出部屋と言えるでしょう。人新世とまで呼ばれる時代に、埋め込まれた種子の成長と生死の過程によって現れる変化は、アーティストの思惑と境界を超え、“コントロールされていない、コントロール不可能な”Uncontrollableな境界を作り出していきます。