田中望 個展:山づと

会期終了

2022年3月4日 - 3月27日

「山菜ずぞさま」田中望 / 2022 / 450 x 650 mm / 和紙、水干、木炭、墨、箔
アートフロントギャラリーでは、5年ぶりとなる田中望の個展を開催いたします。
現在、自ら中山間地域に住みながら、採集の歴史と技術を研究している田中望が、採集生活で得た材料、経験をもとに美術を通して小さな経済を回すことを試みます。田中の特徴である 身をもって体験し取材するジャーナリスティックな視点と、実際にその土地に赴き住民から聞き出す物語(話をすることによって引き出される民俗学的リサーチの結果)が加わることで得られるリアリティーは、彼女の絵画の強いストーリー性を支えています。自身の体験した採集生活と山形県庄内地方ならではの生活を通した複数の絵画作品と“山苞(やまづと)”をテーマとした新たな展開を見せる立体作品で構成されます。
また、展示される絵画、立体作品以外にも、自らが採取した山の幸を用いた作品および保存食をオリジナルのパッケージにて販売いたします。
営業時間水~金 12:00 - 19:00 / 土日 11:00 - 17:00
休廊日月曜、火曜
公開制作3月12日(土)、13日(日)

みどころ

フィールドワークとして山菜を採るアーティスト
《葉わさび》2022年 270x220mm パネル、胡粉ジェッソ・水干・墨・箔

共振する場

岡部信幸山形美術館副館長兼学芸課長

数年来の雪深い冬となった1月の晴れた日、月山の麓に移住した田中望を訪ねた。久しぶりに会った田中は、すっかり山を生業としている人の雰囲気に包まれていた。
 田中はこれまで、フィールドワークや資料調査に基づく制作プロセスをふまえ、そこに暮らす人間と自然の循環という普遍的な営みを寓意性に富む作品で探究してきた。それは、特定の場所の意味を見いだすことにとどまらず、その場所性を相対化する批判的な視点によって、その場所の多層的な構成をとらえ返す試みといえる。
 かつて調査した土地の住人となった田中は、この地でまだ絵を描いていないとのことだった。山菜を採るために初めて月山北麓の沢に分け入った時の心臓が震えるほどの感動や、標高や地形や方角によってさまざまな季節が局所的に広がる山のありよう、そして自身の感覚や身体がつくり替えられている最中であること、さらに共同体よりも個人との感情的な関わりなど、生活する場所への近視眼的な関心が強くなっていることを語ってくれた。ここには、客観的に地図として記述することが不可能な現実の空間を、山歩きや山菜の収穫などを通して身体化し、そこに暮らす人間の経験が織り込まれた空間として内面化する試みへの転回がうかがえる。「共同体」を抽象的に一般化するのではなく、共同体の記憶(無意識)が宿っているひとりひとりの生活の次元から表現の契機を問おうとする田中の姿勢は、出来事を外側から対象化する手法とは別の、自身の身体性によって内在的にその場所性を照射していく方法的視座といえるだろう。その意味で今回の「採集」というテーマは、田中が現在もっともリアリティを感じているものといえる。
 「共同体」、「参加」、「協働」は、新たな関係性をもたらすことが期待される昨今のアートプロジェクト(地域アート)で用いられる言葉でもある。さまざまな属性をもつ人びとが一時的に体験するコミュニティ志向のアートと、多次元的な場所性や時間が現在に折りたたまれた織物としての場所の複雑な網目を解きほぐすような田中の試みは、対極にあるものともいえる。かつその芸術として存立可能な境界を見極めるその試みは、一方のアートワールドをも見透かすラディカルなものでもある。
 「山づと」と題された絵画と立体作品、そして田中が加工した保存食によって構成された空間は、特定の場所との結びつきから解き放たれ、唯一性を帯びるものとなるだろう。

出展作家

田中 望Nozomi Tanaka

東北の風土や民俗学の研究、フィールドワークなどを数多く行いその成果をもとに絵画的に表現する作家。田中の絵画は洛中洛外図屏風と同様、細部をみることから出発し、より大きな全体の意味を読み解くべく作品が多い。インターネットを中心とした瞬間的なイメージの印象が作品の印象の成否を決める現代において田中の作品は非常に時代に逆行しているかもしれない。しかしいったん細部に目を転じれば、描かれた表象、それぞれの意味を理解し得なくとも、田中の絵画には絵巻物を少しずつ紐解くようにして、細部から全体へ、驚きと発見を繰り返しながら見る楽しさがある。個展から現代へ、ローカルから世界へ、目の前にある絵画の背後にある、私たちが現代の視点のなかから読み解くべき寓話としての意味の集積がそこにあり、今始まったばかりの田中の絵画における冒険からは計り知れない期待を感じさせる。