アートフロントギャラリーは、ニキータ・カダンのキュレーションによるウクライナの現代アーティストのグループ展「亀裂を見つめてⅢ」を開催いたします。
今回の展覧会では、ウクライナ現代美術を代表するアーティストであり、キュレーターとしても活躍するニキータ・カダンのキュレーションにより、ウクライナのアーティストたちの作品を紹介いたします。本展は、2024年ポーランド、2025年ドイツで開催された、歴史の断絶に向き合い、ウクライナ美術を共通の経験として結び直すことを試みた展覧会シリーズの第3章にあたります。香川県・豊島で2025年8月に行われた非公開の屋外展示を経て、この度アートフロントギャラリーにて公開いたします。
2022年2月24日、ロシア連邦によるウクライナへの軍事侵攻が始まり、現在に至るまでウクライナでは戦争状態が続いています。多くのウクライナ市民が兵士として志願するなか、アーティストの中にも前線に立ち、命を落とした者がいます。文化活動の継続が極めて困難な状況にありながらも、アーティストたちは創作を通して現実と向き合い、自らの声を発し続けています。本展では、そうした厳しい現実の中で生まれたウクライナ現代美術の「今」を、カダンの視点を通して紹介します。彼自身が信頼を寄せるアーティストたちの作品をセレクトし、アートフロントギャラリーにて展示することで、ウクライナの人々が抱える記憶や痛み、そして未来への希望を伝える場となることを目指します。
キュレーターからの言葉 ウクライナ美術の歴史は断絶の歴史であると同時に、亀裂の歴史でもある。中断された物語、破壊された作品、抑圧された作家たち、騒々しい沈黙、新たな支配イデオロギーによる過去の改竄、順応主義の悲劇と自己正当化の妙技、自らを屈服させること、論争の最中の立場転換、中途での改名、人格の分裂。あるいは殉教的な焼身自殺の後に、灰を青銅へ変えること。そして青銅は、ご存じのように、つねに灰から意味を奪い取るのだ。
大惨事の風景を彷徨うことは可能だろうか? 血に染まった土地に遊歩者(フラネール)は存在するのか? この展覧会が示す答えは肯定的である。
都心、大都市を渇望して眺める視線などない、辺境で生きる尊厳。自らの歴史的展望に対するいかなる確信も持たないこと。レイデルマンは、「ウクライナの水平的な親和性、非階層的なつながり」について、また「中心を必要とせず、ただ並存している一連の文化的な地方都市、すなわちキーウ、オデーサ、リヴィウ、ハルキウ」について語っている。地方における芸術は「つかみどころのないジョー」 (1) であり得る一方、大都市ではキャリアの踏み台、あるいは“偉大な文化”の記念碑的な柱や塔へと変貌する。
しかし、地方は狂気の揺りかごでもある。より中心的な場所ではその創造者たちにとって揺るぎない基盤となり得るようなアイデアも、ここでは街頭で狂人を演じる道化師の衣装のようなものになってしまう。テチャニチ (2) のゴミとアルミホイルで作った宇宙服のようなものだ。
ウクライナの博物館の一つを想像してみよう。そこは、一見無秩序に見える芸術作品のコレクションが、別の状況ではこれらの作品を統合し歴史化することができたであろう論理の亀裂の明確な歴史へと変化する場所である。歴史的状況間のつながりの欠如が、現代を流動的で、不安定で、きわめて開かれたものにする場所だ。
もしあなたの故郷の辺境が、突然、世界の運命が決まる場所になったら、どうすればよいのか? そしてさらに難しい問いだが、その場所が再び突然、そのような場所でなくなったら、どうすれば?
この展覧会は、ウクライナの生活における恐ろしくも陽気な状況によって規定された、芸術を見る方法をめぐるものだ。それは、「納屋も山も小屋も焼けた」時の視点によって芸術を見る方法である。この展覧会は、歴史を記述することによって権力を得たいという願望がすでに失敗に終わった博物館のプロジェクトとして読み解くことができる。あるいは、「古典的」、「現代的」、「周縁的」、「時事的」な作家たちが、分類される時のいつもの居場所や立場の枠外に置かれる不安定なシステムとして読むこともできる。瞬時にあらゆる地図を時代遅れにしてしまう、流動的な芸術の風景として。あるいは、その影と残響によって再現された、奪われた過去についての物語として――その影と残響があなたを欺き、迷わせる可能性を十分に覚悟した上で。
各国で行なってきたこの展覧会の今回の章は、ほぼ不可能な状況で芸術を創造する人々に捧げられている。全面戦争の時代は、社会全体と芸術コミュニティの両方を、同じ可能性を持たない様々な不平等なグループに分断した。この分断がジェンダーにも依拠していることは広く知られている。だが、より微妙な多くの差異は、世界の注目を集めることがないが、ウクライナ美術の国際的なイメージに具体的な影響を与えている。徴兵対象年齢の男性が、当局からの入手困難な短期許可を得なければ国外に出られないことは周知の通りである。しかし、出国許可を得られない芸術家たちは、不当にも国際的に注目されないことが多い。だが、単純化されたジェンダーの枠組みでは、この複雑な状況を完全に説明することはできない。ウクライナの戦争に関する情報は一時的に世界のメディアを席巻したが、現代の「注目をめぐる経済」における長期的な競争に耐えきれず徐々に減少し、軍務に就く女性作家や、戦争のあいだウクライナ国外にとどまる男性作家の存在は、ほとんど注目されないままである。志願兵となった女性作家、男性作家もいれば、強制的に軍隊に動員された男性作家も、官僚主義的な制限で国外に出られない男性作家もいる。これらすべての要素が、世界がウクライナ美術をどう見ているかに影響している。しかし、これらの要素自体が、世界の目には、戦争と美術の関係という理解困難な状況をさらに複雑化するものとして映っている。
「亀裂を見つめて III」は、戦争という状況下で、戦争による制限に逆らって活動する男性作家と女性作家、すなわち、軍人となった作家や海外渡航を禁じられている作家を紹介している。さらに別の枠として、ウクライナの軍人や退役軍人の状況を取り上げた作品群も展示される。これらの作品は、「英雄神話」の構築に代わるものとして、思いやりの行為、忘却との闘いを表現している。
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(1) 誰も手を出そうとしない人物、物などの比喩。
(2) フェヂル・テチャニチ(1942-2007) ウクライナのアーティスト。ソ連時代には非公認作家として活動した。独自の宇宙を夢想し、アルミホイルやゴミで作ったコスチュームを身につけてアクションを行った。
出展作家 ニキータ・カダン Nikita Kadan
ウクライナ現代美術を牽引するニキータ・カダンは、2007年に国立美術アカデミー(キーウ)を卒業。ペインティング、インスタレーションなど様々なジャンルで制作し、PinchukArtCentreなどを受賞。2015年のイスタンブール・ビエンナーレ、ヴェネチア・ビエンナーレ、2018年の釜山ビエンナーレ等で作品を発表してきた。
カダンにとって、歴史と美術史は創作と思索の源泉である。カダンが8歳だった1991年、ソ連は崩壊しウクライナは独立するが、ソ連という歴史、記憶とどのように向き合うかは、作家にとって大きな課題であり続けている。2014年のロシアのクリミア侵攻以来、戦争も創作の主要な主題であるが、カダンは生々しい戦争の状況を、時に象徴的な方法を用い、静謐な作品に昇華させる。
アントン・サエンコ Anton Saenko
1989年、旧ソ連(現ウクライナ)・スムィー生まれ。キーウ国立美術建築アカデミー卒業。絵画、ランドアート、パフォーマンス、インスタレーションなど多様な表現方法を用いる。作品制作では、「空間」を重要なテーマとして扱っている。
ボフダン・ソクール Bohdan Sokur
1994年、ウクライナ・チェルカースィ生まれ。2017年ドラハマノウ国立教育大学卒業。ポスト社会主義国の日常風景を描く絵画や映像を制作し、個人的記憶の空間の再構築を行う。現在は、ウクライナ国家警備隊の攻撃防衛部隊の一つに所属し、任務に就いている。
ダナ・カヴェリナ Dana Kavelina
1995年、ウクライナ・メリトポリ生まれ。キーウ工科大学卒業。主にアニメーションや映像を中心に、インスタレーション、絵画、グラフィックスなどの手法も用いる。軍事的暴力や戦争を被害者の立場から捉え、歴史と個人のトラウマ、記憶の齟齬を探求する作品を制作。The Kyiv Perennial(ウィーン)、第60回ヴェネチア・ビエンナーレ等に参加。第7回PinchukArtCentre Prizeを受賞。
イリヤ・トドゥルキン Iliia Todurkin
2000年、ウクライナ・マリウポリ生まれ。多様で革新的な素材と技法の活用で知られ、ドローイングや絵画、モノタイプ版画など多様な媒体で制作を行う。幼少期から病気や度重なる手術、抑うつや自殺念慮といった過酷な経験が彼の表現に強く影響を与えている。
イーホル・マケドンはキエフのタラス・シェフチェンコ記念国立キーウ大学を卒業。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインでも学んだ。写真、彫刻、ビデオ、インスタレーション、グラフィック、ニューメディアなどのジャンルで活動。ウクライナでの数多くの展覧会に加え、彼の作品はアメリカ、イギリス、イタリア、フランスでも展示され、Vogue、Forbes、Men’s Health などの雑誌にも掲載されている。彼の作品の主なテーマは、人間の行動と、個人と周囲の現実との関係である。現在はキーウを拠点に活動。
1995年ウクライナ・リヴィウ生まれ。芸術史、社会問題、人間の身体が交差を探求する。ポートレート写真などを通じ、現代のアイデンティティや身体の表象を問い直し、不完全な身体を通して従来の美や完璧さの概念に挑戦し、人間の多様性や複雑さを際立たせている。
オレフ・ペルコフスキー Oleh Perkovsky
1984年、旧ソ連(現ウクライナ)・カームヤネツィ=ポジーリシクィイ生まれ。映像、グラフィック、絵画、インスタレーションを手掛け、2019年ヴェネツィアビエンナーレのウクライナパビリオンをキュレーションした「Open Group」創設メンバーの一人。自然、建築、時間、存在や不在といったテーマを探求。
オレクシー・サイ Oleksiy Say
1975年ウクライナ・キーウ生まれ。2001年キーウ国立美術建築アカデミー卒業。多様な媒体を用いるが、彼自身が生み出したExcelアートの実践で広く知られている。また、インスタレーションやアートオブジェ、デジタルアート、グラフィック作品も制作。
パブロ・コヴァチ Pavlo Kovach
1987年、旧ソ連(現ウクライナ)・ウジホロド生まれ。ウジホロド美術大学、リヴィウ国立芸術アカデミー卒業。2012年よりオープングループの共同創設者および参加者となり、第 56回、第60 回ヴェネツィア・ビエンナーレ、第8回横浜トリエンナーレ等に参加。
ウラジスラフ・プリセツキー Vladislav Plisetsky
1999年、ウクライナ・キーウ生まれ。キーウのアートセンター「Kyiv club Otel」を拠点に、都市空間でのパフォーマンスや個展の開催など、幅広いジャンルの活動を行う。映像、パフォーマンス、コスチュームデザイン、スタイリングなど多彩な表現を用いる。
ユーリー・レイデルマン Yuri Leiderman
1963年、旧ソ連(現ウクライナ)・オデーサ生まれ。芸術家、作家。D・メンデレーエフ記念モスクワ化学技術大学卒業。1982年よりモスクワとオデーサで非公認アーティストとしてアパート展に参加。1987年、モスクワで芸術家グループ「医療解釈学」の創設メンバーの一人となり、1990年に脱退。ヴェネチア・ビエンナーレ(1993年、2003年)、第1回「マニフェスタ」(1996年)、イスタンブール・ビエンナーレ(1992年)等に参加。2005年、アンドレイ・ベールイ文学賞を受賞。2005年よりアンドレイ・シルヴェストロフと共同で映画プロジェクト『バーミンガム・オーナメント』に取り組み、『バーミンガム・オーナメントII」(2013年、ローマ映画祭審査員特別賞「21世紀の映画」部門受賞)は大地の芸術祭(2024)でも上映された。現在はベルリン在住。
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