村田真美術ジャーナリスト、BankART スクール校長
絵画と彫刻の違いはなにか? 絵画は平面で、彫刻は立体、というのがわかりやすい答えだが、でも絵画には厚みがあるし、彫刻だって網膜には表面しか映らない。絵画は固定した視点から見、彫刻は周囲をめぐってながめるもの、という言い方もある。しかしそうやって見る人はほとんどいない。絵画は壁掛けで、彫刻は床置きという答えもあるが、ではレリーフは絵画か、屏風は彫刻か……。中谷ミチコの作品は、そんな絵画と彫刻をめぐる本質的な問いを喚起させる。
中谷は、まず粘土でレリーフ状の彫刻(原型)をつくる。テーマやモチーフはひとまず置いとこう。その原型に石膏をかぶせ、固まったら粘土を掻き出して「雌型」にする。通常はここにブロンズなどを流し込んで「彫刻」にするが、中谷は雌型に透明樹脂を満たして固め、垂直に立てて展示する。したがってその作品は壁掛けで(もしくは壁と一体化し)、表面もフラットなので、形式としては絵画(壁画)に近い。だが彼女の作品は、出自からしても発想からしても、紛れもなく彫刻である。むしろ絵画に擬態することで逆に彫刻性を浮き立たせている、というべきかもしれない。
中谷が着目するのは「雌型」だ。彫刻は一般に凸型に屹立するものだが、そのとき彫刻を取り巻く空間は凹型になる。中谷はこの凹凸を入れ替えて空間のほうを彫刻化したという見方もできる(それは彼女の女性としての視点かもしれないが、ここではそのことには触れない)。別の言い方をすると、彫刻というものが物質と空間の接する境界の外面(そとづら)であるならば、彼女は彫刻の内面(うちづら)をつくっている、ともいえるだろう。だとすればそれは、彫刻の裏側、あるいは裏返された彫刻といえるのではないか。
中谷はそれ以降も、雌型に入れる樹脂を半透明にして陰影を強調したり、本体のない舟型の「立体レリーフ」を制作したり、彫刻・レリーフの可能性を広げている。今回は「彫刻」と呼ぶのがためらわれるような、さらに複雑な構造の新作が登場するはずだ。「彫刻」であることを忘れさせる彫刻も悪くないが、中谷のように「にもかかわらず彫刻である」と目を覚めさせるような彫刻にこそ出会いたいと思う。