絵画は一般的に平面と見なされている。だが接近すると、テクスチャが立体性を露わにする。同じ空間であっても、距離や見方を変えれば異なる様相が現れ、そのプロセスでは2次元と3次元がつながってしまう。唐突だが、蟻にとってはどうか。絵画を把握することは不可能であり、その上を歩いた場合、起伏のある2次元(面)を体験するだろう。
超ひも理論では、サーカスの綱渡りの綱はピエロにとっては1次元(線)、蟻には2次元(面)であるという。私たちのいる宇宙は、3次元空間に時間を加えた4次元時空としてある。また宇宙が10次元*でできており、残りの6次元は、私たちが感知できないほど小さく折りたたまれているとする。
私たちが把握している4次元時空は、しかし他の生き物にとっては存在しないだろう。世界が各生物の知覚によって異なるということ。それはヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界(Umwelt)」** につながるように思われる。そして自己省察をする人間は、他の生物とは異なる環世界に生き、個々人も異なる環世界をもつはずである。
内海は本展に際し、「環世界」を念頭に置いたという。絵画が個々の知覚や関わり方によって立ち上がることを前提とし、そのことを鑑賞者に気づかせる構造が準備されている。
外からガラス越しには空間を斜めに占める絵画が、会場に入るとちょうど裏側に同サイズの絵画が設置されている。内外でパネル分割が異なるこれらは、一枚の絵画(外が下部、内が上部)だという。つまり空間の高さを大きく逸脱した絵画が折りたたまれ、鑑賞者はそれを全体として体験することができない。
内海は、制作において2つの環世界を相互往還している。丸いドットを描く作業は、蟻の巣作りのような自己組織的プロセス(2次元)であり、作品のスケールや構造の想像的俯瞰(3次元的)との関係において作品が生まれていく。想像力と構成力を駆使しながら制作することで、絵画の自明性を問い続けてきた内海は、本展で鑑賞者にもそのような力の動員を促している。
諧謔に満ちたタイトルには、周到に配置した異なる形態の絵画も含め、多様に調理された烏賊の部位(断片)から想像的に出現しうる全体(烏賊・絵画)へ、という内海の思いが込められている。
*26次元説もある。
**エストニア生まれのドイツの生物学者(1864-1944)。「知覚世界と作用世界が連れだって環世界という一つの完結した全体を作りあげているのだ」(ユクスキュル/クリサート『生物から見た世界』、岩波文庫)