畠中実NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員
原田郁は自身が描く対象としての風景を、自身で3DCG(コンピューター・グラフィックス)を用いて制作したのち、絵画として作品化する。それはどこか倒錯したアイデアのようにも思われる。少なくないアーティストたちが、3DCGを手段として制作を行なっている現在、作品を仮想世界それ自身で完結させず、むしろそこから制作をスタートさせるという方法は、ある種の迂回にも感じられなくはない。なぜ3DCGで仮想世界を創出するだけではなく、さらにその空間をモチーフとした絵画を描かなければならないのか。それは新型コロナウィルスの感染拡大後の状況と重ねあわされもしたが、やはりそれは原田が画家だから、ということになるのではないだろうか。
アルベルティによって絵画はひとつの窓に喩えられたが、実際には、絵画は現実空間に開かれた仮想世界への入り口ともいえるだろう(絵画は窓をふさぐカーテンのようになったとも言われたけれど)。壁に掛けられた絵画は、いかにも窓の如く、私たちの視線を窓の奥の空間へと貫通させる。それは遠近法的な現実空間の延長というイリュージョンのみならず、絵画空間というオルタナティヴな空間へと拡張するものとなった。
現在では、コンピュータのユーザ・インターフェースとしてのウインドウと重ね合わされるように、窓には空間を媒介するという含意がある。窓をあけることで新たな世界がひらける。窓は外界の空気を入れ込み、内と外を交通させる。窓の外の風景が室内の借景になる。窓とはそれぞれが区切られた世界をつなげるインターフェースとしてある。
今回、原田が試みるのは、絵画空間、現実の展示空間、そこに実体化した絵画内のモチーフ、ギャラリーの外から見える窓の中(の展示空間)、という、より内と外を多重にレイヤー化し、それらを視線によって交通させるインスタレーションである。モチーフとしての仮想空間から、窓によって切り取られた絵画への転位、これらは、3DCGの仮想空間を2次元化したものだが、それだけではなく、新たな試みとして、仮想空間での3次元性を現実空間で実際に実体化することで起こるイリュージョンに着目している。ヴァーチュアルなものがリアルに存在することで、場合によっては3次元の立体が2次元的な絵画として現れるような、より錯視的な空間が現出する。
そこではさまざまな次元の空間が、相互に貫入し合いながら、しかし、空間全体を錯視的な空間に変容させる、さらには窓外の空間にまで拡張された世界が作られている、ということなのだろう。