もしも10年後に、この《Quarantine drawing series》(2020)を見返したら、人々はどのような感想を漏らすのだろうか。過去100年の中で未曾有の危機と呼ばれるCOVID-19との闘いに、もし人類が勝っていたら、過ぎ去った嵐を穏やかに回顧しているだろう。しかし、仮に負けてしまったら・・・。今、現在も世界中の人々がウイルスとワクチンの競争を固唾を飲んで見守っている。
大岩オスカールは世界有数の大都市、ニューヨークのマンハッタンに暮らしている。忙しさを絵に描いたような喧騒と華やかさで溢れ、夢見がちで現実離れした日常が繰り返される、どこか演劇的な街だ。しかし現実の生活は確かにあって、商店は閉まり活気が失われ移動の自由や集まる楽しみを制限されて、人々の活動エネルギーの消費は低下している。オスカールもまた、旅が人生の一部であったのに、渡航路の閉鎖によって長くニューヨークに留まり、昨年の2月からは日課だったクイーンズのスタジオとの往復もほとんどなかったという。代わって自宅でデジタル・ツールを使って《Quarantine drawing series (隔離ドローイング シリーズ)》を制作、Web上で発表した。2020年3月から6月初旬まで、20枚に及ぶモノクロのドローイングは日記風に綴られ、部屋の窓辺や近所の公園、行くはずだった大阪や故郷ブラジルの風景などの1点ずつに、当時の素直な気持ちがテキストで添えられた。もとより物事を合理的で建設的に考え、世界を俯瞰する観点を持ち合わせた作家らしく、状況の分析的視点が盛り込まれていて、シリーズ全体を個人の出来事から一般化できる次元に高めている。そういう意味で本シリーズは、この特別な時期に残された優れたドキュメンタリーと捉えても良い。鍛えられたデッサン力と緻密な空間構成の技術が、シンプルな線とモノクロの色のみという隠しようのない条件下で最大限に発揮されている。デジタルはデータの往来ですむこともあり、移動が難しい中でも簡便だと、オスカールはあくまで前向きだ。
冒頭の問いに戻りつつ《Quarantine drawing series(隔離ドローイング シリーズ)》を見れば、オスカールには、人類は闘いを制して光のある未来に向かって歩いていくだろうという期待に振れがないと感じる。そして「隔離」によって遮断されたドアを開け、実体的空間に我々を溶け込ませてくれる。地理的空間のリアリティにかかわらず、誰にとっても直接的な体験をもたらすものだろう。