2016年に初めて発表され、現在、国立新美術館でも展示されている《Gravity and Grace》は、透かし彫りの大きな壺と、そこから放たれる強烈な光と影を含み込む大型のインスタレーションである。壺には、人が古来、装飾とともに生きてきたことを暗示するかのように、世界の縮図としての文様が施されている。今回展示されているフォトグラムのシリーズ〈moment〉は、この文様を介して現れた光と影の戯れを、印画紙に焼き付けたものである。
「Gravity and Grace(重力と恩寵)」とは、フランスの哲学者、シモーヌ・ヴェーユ(1909-1943年)の箴言集に由来する。人間を地上に縛り付け、魂にも影響を与えるという重力は、心の澱のようなものであり、神からの恩寵と対をなす。壺のなかで上下する光の運動は、ヴェーユが言う重力と恩寵の垂直方向の運動を連想させるが、端的に、自然の摂理を司る太陽そのものとも解釈できる。
一方、このインスタレーションは、エネルギーという身近で深刻な問題に切り込んでいる点で、現代社会に対する鋭い批評でもある。原子力の莫大なエネルギーは、生活を維持するための恩寵となりうる一方で、広島や長崎への原爆投下、そしてチョルノービリや福島での事故が示すように、取返しのつかない破滅を自然と人間にもたらす。花鳥文に世界地図を忍ばせる壺はこの世界の象徴であり、最大で84万ルーメンにも達する途方もない光は、核分裂反応の爆発的なエネルギーを連想させる。大巻が「美しいものに擬態させる方が、実は、よりリアルな世界を見せられるのではないかと思う」と述べるように、その妖しい光は、私たちの眼を欺き、身体を含めて虜にする。
大巻は、これまでに2回にわたり、《Gravity and Grace》からフォトグラムを制作している。暗闇のなか、壺の前に印画紙を立てたり寝かしたりして瞬間的に発光させ、人間の根源的な造形志向としての装飾文様から光と影を写し取ったのである。
印画紙に直接焼き付けるフォトグラムにおいては、影の部分は白っぽく、逆に、光が当たった部分は黒く焼き付けられる。つまり、ネガとポジの関係が逆転するため、大巻の揺らめくようなフォトグラムと現実のインスタレーションでは、光と影の見え方が逆になる。反転した光と影は、私たちの時代の恩寵でもあり重力でもある原子力の二面性を含め、あらゆる二元論の逆転の可能性を示唆している。
さらに、今回のフォトグラムのシリーズで初めて大巻は、そこに身体を介在させた。大巻が創りあげる舞台のような空間で身体は、その空間をかきまぜる物質的な存在であると同時に、精神的な受容体でもある。しかし、フォトグラムがとらえた身体は、限りなく物質性を削ぎ落された気配のようなものであり、重力の縛りから解き放たれ、軽やかに時空を超えていく。また、ときに断片化して写し取られた身体の痕跡は、気配の、さらなる余韻のようでもある。魂に与えられた自由と変幻自在が、恩寵としてここにある。