ここは東京郊外S市の片隅のむくむくという名の赤提灯。毎夜芸術家たちが夢を語る店だとかなんとか。北風が吹くその晩は二人の中年男が何時間も芸術談義をしている。どうやら今年起こったあちこちの芸術の総括話のようだ。そんな話は全国津々浦々の居酒屋の片隅で泡のように生まれては消えてゆく珍しくもない話かもしれない。
「ところで安野くんはさ、オリンピックのテーマ曲を構想しているって本当?」
冷え切った肉じゃがの最後の一口を箸でつつきながらつぶやくように、
「参ったな、秘密でやっていたんですけど。どこで聞いたんです?」
ところがその質問などは耳にも入らなかったように、
「あのさ、そういう国家事業って君はアンチなのかと思っていたけど・・・。」
安野は打って変わって落ち着いた声で答えた。
「申し訳ないんですけど、ガチです。」
「!」
小沢は慌てふためいた。
「僕はですね、東京オリンピックどころか2025の大阪万博のテーマ曲も、着手し始めていますよ。」
「・・・・ごめん、話が急速すぎてついていけていないんだけど。まさかオファーがあったってこと?」
「いや、現在のところ誰からも無いですね。いつの日か、来たる日に備え全力で開始しているわけです。」
残りのハイボールを流し込み、言葉を選びながら
「そっか、あれか、批判を込めての態度として、敢えての作曲なのかな?批評としての音楽ってあってもいいよねー。人間不在の作曲とか自動演奏とかになってくるのかな?わかるよ、うん、わかる。」
「ちょっと、待ってくださいよ、・・・」
グラスを握る手がわなわなと震えているのが見える。こうなると面倒くさい。
「いいですか、作曲にオファーがあるとか無いとかって関係ないんですよ!わかりますか?」
「わかった、一旦落ち着こうか。」
「すいません、お冷ね。」
カウンター越しの厨房のおかみさんに頼んだ。なぜか氷の入ったグラスとi-padがすっーと出された。
「ありがとう。」
安野は当然のように受け取り、慣れた手つきでi-padに向かって何やら始めた。
「起きてください!」
小沢はその後お銚子を2本空け、うとうとしていたのだ。
うっすら開けた寝ぼけ眼の目の前には、液晶モニターが眩しく光っていた。
こうしてその「 」はこの画廊で発表されることになっている。
尚、この原稿を入稿した時点ではまだ、正式な依頼は無い。