春原直人は東北芸術工科大学大学院在学中から積極的に発表をつづけ、今年、若手の登竜門とも称されるVOCA展と若手中堅作家を奨励する日経日本画大賞展にそれぞれ推薦されるなど、注目株として一気に躍り出ることになった。作品は、自身の登山体験と山で描いたスケッチなどに基づいて制作された山岳風景。それらには以下のような3つの傾向がありそうだ。
今年3月の「VOCA展2021」の出品作で本展にも出品される《Underneath》のように黒々とした岩と残雪によって勇壮な山容に描き上げられたもの。霧に包まれるかのような深みのある混沌とした空間にどこか不安を抱かせるもの。そのどちらにも属さず(あるいは両方の要素を含み)新たな表現の始まりを求め自身との格闘から生まれ出た抽象的な傾向のもの。
VOCA展会場で《Underneath》を見ながら、山の姿を写すことを当たり前に考えていたが、それが「当たり前でなくなった」という春原の言葉を思い出した。創作とは、様々なものが停滞するなかで思いがけない要因と蓄えられた経験から生まれ出た新しい何かが展開してゆくことかも知れない。
出品作の一つ《Levitating》には、水墨画の基本的な筆法である破墨や溌墨の技法が用いられ、刷毛跡が重なり合い濃淡を含みながら様々なイメージが生まれている。意図的に画面に下ろした刷毛が生み出すイメージの断片と自我や意図が排された刷毛跡が作り出す断片が混ざり合う。リトグラフによる表現を想起させるものなどもあり多彩だ。豊かな絵画空間が醸し出されている。こうしたイメージの断片の一つひとつは、自身の内にある感覚、体験、観念などを動員しながら山についての思索を繰返し、山に対する深く精神的なイメージを求めようとした結果と言えるものだろう。どの作品も時間をかけて見てみたい。
本展の出品作では、山とは何なのかという春原自身の自問自答による「了解」が一つひとつのイメージに置換えられ、画面に印され、互いに絡み合いながら独創的な小宇宙を見せる。一つひとつの作品をじっくり眺めると、どれも見る者を日常ではない別の景色のなかへと連れてゆくかのようだ。
そう感じるのは、墨色の刷毛跡による混沌としたイメージの向こうに何かを見出したいという人間の本能によるのか、それとも記憶に仕舞われた景色をそこに投影したいという思いによるのだろうか。やがて、絵画が持つ豊かなイメージの広がりと想像の時が流れ始める。