昨年に引き続き、椛田ちひろの新作個展「世界は鏡を通過する」を開催します。
作家の詳しいプロフィール、作品については下記リンクにある作家ページをご覧ください。
アートフロントギャラリーで椛田の作品をギャラリーに初めて展示したのが2010年の5月。今回はそれから3度目の展示となる。椛田に最初に出会った頃はボールペンで紙を塗りつぶして光沢を持った平面が中心で、多くの人の印象もそうだったと思う。その頃にも立体がなかった訳ではない。紙を何枚も重ねて積み上げた作品やアクリルの立体の表面を黒く塗った作品があった。その後、MOTアニュアルで大きな透過性のある布を天井からつるす作品を発表し、昨年のアートフロントギャラリーでの個展では鏡と黒い水面の映り込みを作品の要素として使った。今年の初旬に開催されていたアートフォーラムあざみ野ではより本格的に光沢のあるボールペンと共に歪んだ鏡面を扱い、そこを歩く私たち見る者の影が、重要な要素となってきているのを見た。
そもそも数年前に椛田に会った当初からボールペンという筆記用具そのものが重要なわけではないということをこの作家は語っていた。その黒くなったボールペンの面を神がかりにあった巫女のように作家が延々と反復する行為の結果として見ており、出来上がって作家の手元を離れ、見る側にとってどうなのかという点が充分に語られていなかったのではないか。そこに「見えない何かを掴み取ろうとする」これまで作家の個のありようを、目を凝らしながら見ようとする絵画だったのではないだろうか。今でもボールペンの作品を見たいというファンも多く、制作に関わる労力と時間、物としての迫力ももちろんある。しかし鏡や水面など、その後の急速な作風と素材の展開を見ると、実は当初はまだ作家の行為と重なって見え隠れしていて伏線のような存在に見えていた光沢やそこに映りこむ私たちのぼんやりした影の方が近年の作品ではますます重要な要素になってきていると思う。本来、見る側の立場からするといくら目を凝らしても作家の個など見えようがない。そこに映るのは最初から見る者の影でしかなかったはずで、見る側やその周囲の空間を映す鏡がボールペンと同じくらい作品の重要な素材になってくるのだろう。
今回のアートフロントギャラリーの展覧会では光が作品の重要な要素として扱われる。鏡を使った作品が進化すれば光が重要な要素となるであろうし、見えない世界とつながる窓としての鏡の要素も重要になってくるだろう。また今回は線を空間に張ることで構成したインスタレーションも準備している。目まぐるしく進化するこの作家にとっては一つ一つの展覧会はそれぞれが通過点でしかない。しかし今回の展覧会は自分には見えないものを塗りつぶすことで掴み取ろうとしていたこの作家の所作が作家性というプライベートなものを越え、見る側に対してより広がりのある対象として存在し、鏡のように見る側を映し出す展覧会になると思う。
アートフロントギャラリー 近藤俊郎
出展作家
黒色ボールペンでインクジェット紙などの上に不定形なかたちを描くことで知られる作家。ボールペンの動きは繊細かつ力強く、独特の質感が海外でも人気を博し、これまでシンガポール、中国、スイスなど様々な場で展覧会が行われてきた。最近の個展では石を置いて光をあて、多方向にできる影をボールペンでトレースし、石が辿ってきたみえない時間を視覚することに成功した。ボールペンのほか、指と手で描く油彩画、樹脂を鏡の上に垂らすドローイングなども手掛け、表現の幅を広げるだけでなく、自身のボキャブラリーを駆使して空間をつくっていく可能性を模索し続けている。