浅見貴子 特別展 / 新作展

会期終了

2018年6月1日 - 6月10日

浅見貴子 「松図1401」
この度、アートフロントギャラリーでは、「浅見貴子 特別展」、「常設作家 新作展」を開催いたします。
「浅見貴子 特別展」では、第7回東山魁夷記念日経日本画大賞展で大賞を受賞した、浅見貴子の90年代から近年の大型作品を展示します。
「常設作家 新作展」では、鴻崎正武、内海聖史、竹中美幸、中岡真珠美、椛田ちひろ、南条嘉毅の新作や日本で未発表の作品を展示します。様々な作家の新作を一同にご覧いただける貴重な機会です。
どうぞ、ご高覧ください。
営業時間11:00 - 19:00 (月休)

みどころ

鴻崎正武 「Flying kokeshi」
内海聖史  「色彩の下 2018-2」
竹中美幸 「いつかの物語」
中岡真珠美 「Daylight 1」
椛田ちひろ 「Blind Forest 8」
南条嘉毅 「森林限界 1」

出展作家

中岡 真珠美Masumi Nakaoka

作品を描くときに対象となる風景を写真におさめ、その景色そのものを描くのではなく、反覆するイメージから不定形な新たな輪郭を描いていく。その平面の地は、色彩やメディウムの構成に置き換えられることで物質感を失いながら、記憶の断片のようなモチーフをつくりあげていく。樹脂塗料、カシューを用いたその平面の質感も含めて、独特な平面作品を構成している。最近では山間の廃屋や皇居前の松原などをモチーフとしてとりあげ、浅い遠近感を創出すべく、視点を定めた画面の分割、構成や多視点から描くことで対象に近づくなどの手法を取り入れている。海外でのレジデンスも含め活動の幅を広げている。

内海 聖史Satoshi Uchiumi

内海の絵画作品は、筆や綿棒を用いて点描のように精緻に描かれる。その色彩のハーモニーの美しさ、平面作品の枠組みを超えた深さと広がりが特徴的な作家である。内海は、四角い画面の中の絵画というより、空間の中にどのようにどのような作品を配置するかという点に強い関心を持ち、平面の作家の中ではある意味特異な姿勢を持って製作を続けている。見る側の動きや身体性との関係性から絵画を捉え、制作された作品群は、目の当たりにするとその色彩の世界へ引き込まれる様だ。

椛田 ちひろChihiro Kabata

黒色ボールペンでインクジェット紙などの上に不定形なかたちを描くことで知られる作家。ボールペンの動きは繊細かつ力強く、独特の質感が海外でも人気を博し、これまでシンガポール、中国、スイスなど様々な場で展覧会が行われてきた。最近の個展では石を置いて光をあて、多方向にできる影をボールペンでトレースし、石が辿ってきたみえない時間を視覚することに成功した。ボールペンのほか、指と手で描く油彩画、樹脂を鏡の上に垂らすドローイングなども手掛け、表現の幅を広げるだけでなく、自身のボキャブラリーを駆使して空間をつくっていく可能性を模索し続けている。

浅見 貴子Takako Azami

松や梅などの庭先の樹木が黒い墨のタッチで画面いっぱいに描かれている。和紙の裏側から大きな筆で一つ一つ楕円形の墨を置いてゆき、紙の表面ににじんだ痕跡が作品となるこの手法は、偶然をきっかけに生まれたものだという。以来10数年にわたり作家は入念な写生を基に何回となくこの手法を繰り返し、そのたびに少しずつ異なったテクスチュアを作り出してきた。屏風などの大画面も手掛け、現代の水墨画の一つの在り方と位置づけられて美術館に展示される機会も多いが、最近の作家は青色を中心とした色を加えてモノクロの世界から一歩踏み出すなど新たな挑戦を続けている。

竹中 美幸Miyuki Takenaka

竹中美幸は初期では余白をいかした柔らかな色彩で描く種子のシリーズを描いていた。その後竹中の主軸をなすようになった樹脂の作品は、雫型の樹脂を数枚のアクリル板にたらした層アクリル板にたらしたもので、光を反射しその影を落とす。水彩絵の具で描かれた繊細なにじみとともに影が映りこみ、作品外部にある光の条件を取り込んで、様々な表情をなげかけてくる。竹中の作品は一貫してその作家性を主張しながらも空間に柔らかくとけこみ、パブリックスペース、住宅を問わず幅広い場に調和し、新たな空間を創出する。2013年にはフイルムに恣意的に光を露光することで色を与え、それを複数の層として重ねることで見えないはずの光、あるいは光によって初めて見えるようになるはずの何かをフイルムという物体を通して可視化する作品も発表した。

鴻崎 正武Masatake Kozaki

鴻崎の描くTOUGEN は古代中国の理想郷桃源に端を発し、ヒエロニムス・ボッシュや南蛮屏風、洛中洛外図を思わせる構図や金箔の使用が認められる。しかし近寄って細部を見ると、描かれているものは中世の異形や奇怪な動物、あるいは未来の乗り物や遺伝子の掛け合わせでできたような動植物であり、その有様は科学技術の行き過ぎた結果としての文明に警鐘をならしているようにも見える。また東北大震災によって郷里の福島県が被災した経験を受けて、東北芸工大の学生たちも交えて「東北画」は成立し得るのかという問にも真摯に向き合っているようだ。赤べこやこけしが近作の画面に散見されるのはその表れかもしれない。