神谷幸江ジャパン・ソサエティー、ニューヨーク ギャラリー・ディレクター
孤独なスタジオ制作から生まれた金氏徹平の《Tower》(2001-)は、進化する彼の自画像のようでもある。石積みの壁を自身の「殻(シェルター)」に重ねて描いたドローイングは、その後映像となって動き出し(2009)、さらには立体化し舞台装置になった(2017)。その度に《Tower》には「穴」が穿たれた。穴を通じて内側と外側、「こちら」と「あちら」が生まれ、奥行きと他者につながる回路ができた。
金氏の真骨頂はコラボレーションしたプロジェクトで見せる予想を超えた飛躍にあると言っていい。コラージュを主な手法としてきたアーティストだ。印刷物やマンガ、スクリーントーンといった既存のイメージとイメージ、日用品やフィギュアなど既成のモノとモノ、ジャンルや表現メディアの異なるヒトとヒトをくっつけて、思いがけない文脈で、本来の意味や用途を逸脱した作品を展開してきた。コラボレーションは「関係性のコラージュ」であるから、なるほど金氏はここに才を放つ。特に2011年以来度々タッグを組んできた演劇作家・岡田利規との舞台作品(*)は、金氏によるモノとモノとの組み合わせに、ヒトの介在が紡ぎ出す言葉と動きが、彼らの意志や発想に委ねた新たな関係性を付け加え、金氏の初期設定を超えて成長を遂げる。というより金氏は他者のいかなる解釈にも寛容な余白を与え、自由な可能性と接続する回路を開く。そう、彼は回路=どこかにつながる「穴」を穿つ名人なのだ。
ゴードン・マッタ=クラーク(1943-78)は70年代、都市に放置された建造物に穴を穿った。ニューヨーク、ハドソン川52番埠頭の倉庫に(《日の終わり》1975)、パリ、ポンピドゥーセンター建設を前に解体される17世紀の建物に(《円錐の交差》1975)、再開発に伴い追い出された住民が割ったアパートの窓ガラスに開いた穴にも目をやった(《ウィンドウ・ブロウ・アウト》1978)。穴は既存の都市空間への視点の転換、制度やパワーへの問題提起、他者やコミュニティーの介入を招き入れる余白の創出を促すものであった。
金氏もまた町の中に穴を穿つ試みを、石川県珠洲市で進行させている。看板、タンクといった町に点在する既存の構造物に大型写真貼り付け、金氏作品へとスクオットしてしまうのだ。この土地の祭りで使うキリコ燈籠の存在にインスピレーションを受けたという、金氏流のキリコ燈籠がこうして姿を現す。そこには穴から流れ出す液体、ヌッと突き出る棒や石や手といったイメージがコラージュされ風景に穿たれ、このまわりに集う人々と新たな関わりの回路を築くべく誘っている。
(* )家電のように解り合えない(2011、あうるすぽっと), わかったさんのクッキー(2016, KAAT)、消しゴム山(2019、京都国際舞台芸術祭/2020, NYU Skirball, NY)、消しゴム森(2020、金沢21世紀美術館)