中島岳志政治学者 東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院教授
美にとって最も邪魔なものは、美への作為である。美しいものを作ろうとすればするほど、美は逃げていく。美を摑えるためには、計らいを捨てなければならない。
私は、釘町彰と会ったことがない。作品も、実物は数点しか見たことがない。しかし、彼が「意思」や「作為」を超えることに、強い意識を向けていることは、作品を見た瞬間にひしひしと伝わってきた。
釘町が描こうとしているものは、作為では捉えられない存在である。「私」という自我では、到底太刀打ちできない存在を、釘町は捉えようとしている。そのためには、「私」を超える必要がある。意思を超える必要がある。偶然を受け入れる必要がる。
私はインドのヒンディー語という言語を勉強してきた。ヒンディー語には、与格構文という文法が存在する。例えば、「私は嬉しい」と言う時には、「私に嬉しさがとどまっている」という言い方をする。「私はあなたを愛している」は「私にあなたへの愛がやって来て留まっている」。「私はヒンディー語ができます」は「私にヒンディー語がやって来て留まっている」。そんな言い方をする。
この文法構造について、考えたことがある。「嬉しさ」や「愛」や「言葉」は、私にやって来て留まっているのだとすれば、それらは一体どこからやって来るのか。
インドの人たちは、その源泉を神と見なした。「私」は神からやってきたものが宿る器である。「私」は「私」の能力によって様々なことを成しているのではない。「私」にできることは、「私」にやってくるものを受け止め、その力に促がされて、何かを成すことである。主格は幻想であり、「私」は「私」を統御することなどできない。
釘町は、与格的な画家である。おそらく彼にとって、絵はやって来るものである。「私」がコントロールできるようなものではない。「私が描く」という次元を超えたところで生成する何ものかが、作品となって顕在化する。
だからこそ、釘町は、光を掴もうとする。万物は光に照らされなければ、見ることができない。しかし、光は、光を必要としない。ただ、光そのものを見ることはできない。光の存在は、影によってしか知ることができない。
有限なる人間は、無限なる光を描くことはできない。光は描かれないことによってこそ現れるものである。釘町の絵は、その描き得ない存在に肉薄し、見る者を光源へといざなう。
釘町の絵の前では、目を使ってはならない。眼を使わなければならない。見てはならない。観なければならない。
そういう存在が、釘町の作品である。