アートフロントギャラリーゆかりの作家たちの作品をご紹介します。
出展作家
ジョグジャカルタ生まれ。インドネシアを代表するアーティスト。書籍、コミック、ビデオアニメーションなどの他のメディアとのコラボレーションによって壁画、絵画などを作成。1990年代後半の学生を中心とした運動の経験から、社会的な課題をテーマとした作品も多い。シンガポールタイラープリントInstiture、(シンガポール2013年)、キアズマ美術館(フィンランド2008年)、ハーグ(オランダ2005年)で、個展・アートワークなどを展開。リヨンビエンナーレ2013、ヴェネツィア・ビエンナーレ第55回国際美術展に参加。
物を梱包する作風で知られてきたが、80年代より建物や島を梱包するなどプロジェクトは大がかりなものとなっている。1991年に日本の茨城とカリフォルニアで行われたアンブレラプロジェクトの開催にアートフロントギャラリーが関わり、その縁でドローイング、リトグラフなどを扱っている。近年では2005年にニューヨーク・セントラルパークに設置された「ザ・ゲート」が大きな注目を集めた。日本びいきでもあり、UIA東京大会(2011)にゲストスピーカーとして招かれ、パブリックアートを推進する草分けの作家としてこれまでの実績や現在進行中のプロジェクトの展望を語った。
1970年、モロッコのタンジェ生まれ。市内で最も貧しい地区のひとつ、カサバラタ地区の蚤の市で幼少期を過ごす。廃棄物や廃品が過剰に増殖する環境。後に作家は、この幼少期を最初の芸術教育としてとらえ、この蚤の市を廃墟と化した美術館や、社会を理解するためのバロメーターに例えた。ファトゥミは、危機的状況にある社会におけるアーティストとしての自分の役割を常に意識している
これらのビジョンから、彼の芸術作品の本質的な側面が浮かび上がってくる。もはや使われなくなったメディアと産業・消費主義文明の崩壊というアイデアに影響され、彼は芸術作品をアーカイブと考古学の中間に位置づけている。
アンテナケーブル、タイプライター、VHSテープなどの素材を用いて、ムファトゥミは、危機的状況にある社会における世界とアーティストの役割に疑問を投げかける。彼は、建築、言語、機械からなる三位一体のプリズムを通して、そのコードに捻りを効かせ、テクノロジーの歴史とポップカルチャーにも影響を受けている。その結果、モーニル・ファトミの現在の作品を、制作中の未来のアーカイブとして見ることもできる。それらは現代史における重要な瞬間を表しているが、これらの技術的な素材は、知識の伝達やイメージの暗示的な力をも問いただし、テクノロジーやイデオロギーに縛り付ける幻想的なメカニズムを批判している。
第5回光州ビエンナーレ、第10回リヨン・ビエンナーレ、第5回オークランド・トリエンナーレ、第10回・第11回バマコ・ビエンナーレ、第7回深圳建築ビエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭、越後妻有トリエンナーレ。彼の作品は、チューリッヒのミグロス美術館、ジュネーブのMAMCOなど、数多くの個展で発表されている。MAMCO、ジュネーブ。ピカソ美術館(ヴァロリス)。AKバンク財団、イスタンブール。美術館クンスト・パラスト(デュッセルドルフ)、ヨーテボリ・コンストハーレ。グループ展では、ポンピドゥー・センター(パリ)、ブルックリン美術館(ニューヨーク)、パレ・ド・トーキョー(パリ)、MAXXI(ローマ)、森美術館、岐阜県美術館、東京都庭園美術館、マトハフ(ドーハ)、ヘイワード・ギャラリー、ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン)、ファン・アッベミュージアム(アイントホーフェン)、ナッシャー美術館(ダーラム)、ルーヴル・アブダビなど。
アムステルダムのウリエット賞、2006年の第7回ダカール・ビエンナーレのレオポルド・セダール・センゴール大賞、2010年のカイロ・ビエンナーレ賞、2020年のアルタイ・ビエンナーレ(モスクワ)の銀盤賞など、数々の賞を受賞。
レアンドロ・エルリッヒLeandro Erlich
人の知覚を揺るがすような作品を通してエルリッヒは、我々がどのように事象を捉え、空間と関わり、そして、現実を把握していくかについて探求している。知覚や認知といった問題を扱いながらも科学的実験の厳密さではなく、ユーモアとウィットに富んだねじれた空間、だまし絵のような手法によるエルリッヒの作品は、作品を体験する人同士の関係を解きほぐし、人々が共有できる場を生み出す。
金沢21世紀美術館のプールや越後妻有里山現代美術館のトンネルなどの常設作品のほか、鏡などを利用して観る側を巻き込む作品で人気が高い。近年、日本だけでなく台湾・韓国などアジア地域での展覧会が加わってきた。
2010年VOCA展奨励賞受賞、2012年ドレスデン造形芸術大学Meisterschülerstudium修了。一般的なレリーフとは異なり凹凸が反転している立体作品を制作。イメージを粘土で成形し、石膏で型をとる。原型の粘土を取り出し、空の雌型に透明樹脂を流し込む。物体の「不在性」と「実在性」を問い続けている。2014年より祖父が住んでいた三重県の空家に引っ越し、工場を改装した「私立大室美術館」で毎年敬老の日限定で作品を展示するプロジェクトを実施している。
一見して絵画のような平面作品は、シルクスクリーンによるもので、画面に無数の細かい菱型が並ぶように版を制作し、色を変えながら60回から100回重ね刷りあげる。数ミリの高さに積みあがる「インクの柱」をもとに独自の表現方法を追求し、2015年VOCA賞に輝いた。また小野は立体やインスタレーション作品も手掛け、インクの柱を動物の頭蓋骨に一本一本植え付けた鱗頭シリーズやセミの抜け殻を使った徒花シリーズなどがあり、平面と立体の間を往来しながら版画で可能な表現の領域を広げている。
黒色ボールペンでインクジェット紙などの上に不定形なかたちを描くことで知られる作家。ボールペンの動きは繊細かつ力強く、独特の質感が海外でも人気を博し、これまでシンガポール、中国、スイスなど様々な場で展覧会が行われてきた。最近の個展では石を置いて光をあて、多方向にできる影をボールペンでトレースし、石が辿ってきたみえない時間を視覚することに成功した。ボールペンのほか、指と手で描く油彩画、樹脂を鏡の上に垂らすドローイングなども手掛け、表現の幅を広げるだけでなく、自身のボキャブラリーを駆使して空間をつくっていく可能性を模索し続けている。
東北の風土や民俗学の研究、フィールドワークなどを数多く行いその成果をもとに絵画的に表現する作家。田中の絵画は洛中洛外図屏風と同様、細部をみることから出発し、より大きな全体の意味を読み解くべく作品が多い。インターネットを中心とした瞬間的なイメージの印象が作品の印象の成否を決める現代において田中の作品は非常に時代に逆行しているかもしれない。しかしいったん細部に目を転じれば、描かれた表象、それぞれの意味を理解し得なくとも、田中の絵画には絵巻物を少しずつ紐解くようにして、細部から全体へ、驚きと発見を繰り返しながら見る楽しさがある。個展から現代へ、ローカルから世界へ、目の前にある絵画の背後にある、私たちが現代の視点のなかから読み解くべき寓話としての意味の集積がそこにあり、今始まったばかりの田中の絵画における冒険からは計り知れない期待を感じさせる。
1978年京都府生まれ。モチーフは主に日常的なイメージをはらむフィギュアや雑貨。現代社会で再生産され続ける情報のイメージを、リズミカルに反復と増幅を繰り返し展開させることで注目を集める。個々の物体が持つ本来の意味が無視されて繋げられることで、思いもしなかったダイナミックな表現がもたらされている。
阪本はどこにでもありそうでどこにもない風景をアクリル絵具で描く。時には余白を大きくとり、空や山、道路、送電線、信号機、公園の遊具といった風景を切り取り、人間の不在を強く意識させる。地図シリーズでは空からみた地上のようすがポジとネガの二色で彩られ、夜景シリーズでは都会の夜が黒地に白い点で示される。水面を描けばオールオーバーな画面に光琳波のようなモチーフが筆跡を残さずに現出一方で、広重のような前景と後景からなる江戸期の浮世絵を連想させる構図も見出される。阪本はこうした様々な風景を描きながらも、実は何もないことを描いているのではないかと自問している。対象の周縁や風景を描くことで対象に近づこうとしているようである。