Mounir Fatmi(ムニール・ファトゥミ)Peripheral Vision

会期終了

2017年11月16日 - 12月24日

瀬戸内国際芸術祭2016展示風景より
この度アートフロントギャラリーでは、Mounir Fatmi(ムニール・ファトゥミ)の個展を開催致します。
1970 モロッコ、タンジェ 生まれ 現在パリとタンジェにて制作を続けている。近年では2015年の瀬戸内国際芸術祭で来日し廃校を舞台にインスタレーションの作品を展開した。本展覧会では瀬戸内で展開した作品を再構成するほか
信仰対象の冒涜、ドグマとイデオロギーの破壊と終焉をテーマとする小作品も展示する。世界的にも評価が高い作品群の中から特に消費というテーマを元に消滅に関心を持つシリーズを見ることができる機会となる。
作家についてより詳しい経歴は下部のサムネイルよりご覧ください。
モロッコ出身でパリ在住のムニール・ファトゥミは現在最も注目されているアーティストのひとりです。今年のヴェニス・ビエンナーレでは60年ぶりに参加したチュニジアの代表として、「亡命館」を作って移民問題や人々の移動の自由を問いかける作品を提示しました。日本では森美術館のアフリカ・リミックス(2006)に続いて昨年の瀬戸内国際芸術祭(2016)などが記憶に新しいですが、ギャラリーでの個展は初となります。
今回のテーマは「飛ぶ時間」。昨年瀬戸内の粟島で滞在制作し、廃校に遺された品々を通じてかつてそこにあった時間、こどもたちの喧騒などを紡ぎだしました。教室に置かれた時計は揃って4時を指したままですが、モロッコの港町に生まれ、行商する母親に連れられて多くの時間を蚤の市で過ごしていたというファトゥミにとって、過去とは何か、或いは教育とは、自国文化を継承する制度はどうあるべきか、など様々な問いをつきつける道具でもあったようです。今回の展覧会では実際に瀬戸内から運ばれてきた「忘れられたモノ」をもとに時を再構築する試みを展開します。
同時に世界的に評価の高いファトゥミの作品群の中から、ノコギリの刃にアラビア文字でコーランの一節を彫り抜いたシリーズを展示します。子供は触ってはいけないと神聖視されていたコーランを空洞化し、削ぎ落とされた断片によってさらに新しい作品も再生します。2012年に南仏トゥールーズの芸術祭で発表した、コーランを地面に投影した作品が「不敬」とみなされ(踏まないようにというサインが未設置だった)アーティスト自ら作品を撤去する事態に追い込まれましたが、ファトゥミは宗教を含め消費・イデオロギーなど様々なテーマに鋭く介入していきます。真摯に問題に向き合い、温厚な人柄で自らのアイデンティティを普遍化させていく制作姿勢が高く評価され、近年は欧米だけでなく中東圏やアジアにおいても展覧会を数多く開催しています。
日本で作品が見られる貴重な機会にぜひお出かけください。
営業時間11:00-19:00(月曜休廊)
レセプション2017年 11月16日(木) 19:00 - 21:00
同時期開催ディアスポラ・ナウ! ~故郷(ワタン)をめぐる現代美術 (岐阜県美術館)会 期:2017年11月10日(金曜)から2018年1月8日(月曜・祝日)まで 休館日:11月13日、11月20日、27日、12月4日、11日、18日、25日~1月2日 ※11月17日(金曜)、12月15日(金曜)は夜間開館日 ※2018年は1月3日より開館(年末年始の休館2017年12月25日(月曜)~2018年1月2日(火曜))http://www.kenbi.pref.gifu.lg.jp/page5361.php

みどころ

ムニール・ファトゥミの錬金術-語り部としてのムニール

南條史生森美術館館長

 ムニールの大型の作品を初めて見たのは、森美術館に巡回してきたアフリカ・リミックス展においてだった。彼の作品は、乗馬で使われる障害物のバーを構成主義的に構築し、全体をひとつのインスタレーションにしていた。それは常に早く、高く飛ぶことを運命づけられた乗馬の障害競走の危うさを、触れたら崩れそうな情景に昇華させたものだった。カラフルな原色に塗られたバーは一見ポップな趣だが、しかしどこかで解釈を拒絶するような乾いた感性を抱えている。
 
 彼はモロッコのタンジールで生まれ、子供の頃その町の蚤の市で物を見る視点を確立した。以後ローマの美術学院で美術制作を学ぶ。その結果二つの異なった文化の境界を往来し、両者の相対化を通して文化に橋をかけることを試みてきた。1993年にマスコミに自らの「象徴的な死」を宣言。それによってモロッコの文化的伝統からの決別を経て自由な制作に入る。それは文化をどちらからか一方的に見るのでなく、どれも同等のものとして理解し、どちらにも与しないというある種の超越性の獲得につながったのではないだろうか。
 
 日本でも瀬戸内国際芸術祭に招聘され、栗島の廃校の庭に子供の銅像を棒状の素材で取り囲むインスタレーションを展示、また教室の中には地図と時計が空間と時間の相対性を表すかのように展示された。インスタレーションは、音楽室や校長室にも及び、あたかも一つの物語のように人々に語りかけた。
 ファトゥミはインスタレーションの素材に音を用いることも多く、また多数のヴィデオ作品も手がけており、その意味で彼はあらゆる素材を自由に扱う「語り部」だといえるのではなかろうか。
彼の今回の個展は、多様な彼の表現を限られた空間の中で象徴的に垣間見せてくれることになるだろう。

出展作家

ムニール・ファトゥミMounir Fatmi

1970年、モロッコのタンジェ生まれ。市内で最も貧しい地区のひとつ、カサバラタ地区の蚤の市で幼少期を過ごす。廃棄物や廃品が過剰に増殖する環境。後に作家は、この幼少期を最初の芸術教育としてとらえ、この蚤の市を廃墟と化した美術館や、社会を理解するためのバロメーターに例えた。ファトゥミは、危機的状況にある社会におけるアーティストとしての自分の役割を常に意識している
これらのビジョンから、彼の芸術作品の本質的な側面が浮かび上がってくる。もはや使われなくなったメディアと産業・消費主義文明の崩壊というアイデアに影響され、彼は芸術作品をアーカイブと考古学の中間に位置づけている。
アンテナケーブル、タイプライター、VHSテープなどの素材を用いて、ムファトゥミは、危機的状況にある社会における世界とアーティストの役割に疑問を投げかける。彼は、建築、言語、機械からなる三位一体のプリズムを通して、そのコードに捻りを効かせ、テクノロジーの歴史とポップカルチャーにも影響を受けている。その結果、モーニル・ファトミの現在の作品を、制作中の未来のアーカイブとして見ることもできる。それらは現代史における重要な瞬間を表しているが、これらの技術的な素材は、知識の伝達やイメージの暗示的な力をも問いただし、テクノロジーやイデオロギーに縛り付ける幻想的なメカニズムを批判している。
第5回光州ビエンナーレ、第10回リヨン・ビエンナーレ、第5回オークランド・トリエンナーレ、第10回・第11回バマコ・ビエンナーレ、第7回深圳建築ビエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭、越後妻有トリエンナーレ。彼の作品は、チューリッヒのミグロス美術館、ジュネーブのMAMCOなど、数多くの個展で発表されている。MAMCO、ジュネーブ。ピカソ美術館(ヴァロリス)。AKバンク財団、イスタンブール。美術館クンスト・パラスト(デュッセルドルフ)、ヨーテボリ・コンストハーレ。グループ展では、ポンピドゥー・センター(パリ)、ブルックリン美術館(ニューヨーク)、パレ・ド・トーキョー(パリ)、MAXXI(ローマ)、森美術館、岐阜県美術館、東京都庭園美術館、マトハフ(ドーハ)、ヘイワード・ギャラリー、ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン)、ファン・アッベミュージアム(アイントホーフェン)、ナッシャー美術館(ダーラム)、ルーヴル・アブダビなど。
アムステルダムのウリエット賞、2006年の第7回ダカール・ビエンナーレのレオポルド・セダール・センゴール大賞、2010年のカイロ・ビエンナーレ賞、2020年のアルタイ・ビエンナーレ(モスクワ)の銀盤賞など、数々の賞を受賞。