2025年09月04日
アートフロントギャラリーでは、角文平個展「記憶のボリューム」(9月12日~10月25日)を開催いたします。
記憶、夢、光、人体、物体…というキーワードをもとに構成される今回の展覧会について、見えないものをどう作品にするのか、その根底にあるイメージと経験について語っていただきました。また、最近は海外での展示や店舗のショーウィンドウなど、ギャラリー以外でも展開している角さんの作家活動についてもお話を伺いました。
ーー今回の個展のタイトル「記憶のボリューム」について教えてください。
僕はこれまでさまざまな作品を作ってきましたが、その中でも記憶やイメージのように、具体的な形にしにくいものをテーマにした「記憶シリーズ」を制作してきました。今回は新作を含めたそのシリーズを発表します。
人の記憶や頭の中に蓄積される情報量は非常に膨大で、もちろん個人差はありますが、実際どのくらいの量かは想像しにくいものです。その「量」を可視化し、頭の中のイメージを人が見やすい状態に変換する作品を作りたいと思い、「記憶のボリューム」というタイトルにしました。
最近よく考えるのは、デジタル化によって簡単に情報を検索できる時代なので、人の思考や脳に記憶されるはずの「容量」が、機械に依存してしまっている感覚があるということです。検索結果を自分の考えだと錯覚してしまったり、頭の中に記憶しなくても外部装置に入力しておけば、いつでも取り出せるという感覚は、多くの人にあると思います。しかし、それは人間本来の記憶や思考の在り方とは少し離れてきているのではないか、とも感じます。
そうした背景も踏まえ、何かを想像し、記憶を呼び起こすときに頭の中で展開されるイメージを、今回の展覧会では作品として具現化したいと思っています。

ーー今回展示される「記憶シリーズ」は、「野生の記憶」と「記憶の皮膜」という作品群から構成されると伺っています。それぞれについて教えてください。
「野生の記憶」は記憶シリーズの出発点で以前から制作しています。木製の椅子や机、木彫りの人形から芽が出ているものです。元々生きていた木を人が加工して作られたものですが、木という素材はぬくもりや生命感が失われないと感じています。生きている時も、倒され加工された後も、木にはまだ生命が宿っているという感覚を作品化しました。
「記憶の皮膜」は新しい作品群で、人型のフォルムを使っています。人の記憶やイメージ、夢も含めた、目には見えない世界を形にしたいと考えています。記憶やイメージは脳に蓄えられていますが、漫画やイラストでよく表現される「頭の上にほわんと浮かぶイメージ」のように、脳とは少し違う領域に存在しているものです。それを人型のフォルムに組み込み、頭部の形が本来の人間の形から変化した造形を試みています。作品名の「記憶の皮膜」というのは、脳の外側にもう一つ大きな膜があり、その中にイメージが宿って人間と繋がっているというイメージから付けました。

ーー角さんはしばしば作品に日常的な物を取り入れていますが、今回の展示ではどのような物を使う予定ですか?
「野生の記憶」で使っている芽は、命が芽吹くような表現として取り入れている一方で「記憶の皮膜」で使っているバルーンは、命を可視化する装置として使っています。風船が膨らんだりしぼんだりする様子は呼吸や生命のリズムを連想させますし、光を入れることで、内側に秘めた命のボリュームを表現することもできます。薄くて軽い素材でありながら、大きく膨らむ性質も、記憶やイメージの広がり、命のボリューム感を示すのに適しています。

ーー今回は新しく人型フォルムを使うそうですね?
はい、今まで作品に人体を取り入れたことはほとんどありません。昔から、ドローイングなどでは人が登場することも多かったのですが、どちらかというと、人がいないことで面白い光景に見える、人がいない方の魅力を作ってたのかなと思っています。今回初めて人型フォルムを取り入れるのは、記憶やイメージをより直接的に表現するためで、ただし現実の人型そのままではなく、イメージの世界にある変形した形として表現しています。

ーー角さんは「記憶」シリーズのように、同じモチーフで作品を展開されることが多いですが、シリーズ化することに特別な意図はあるのでしょうか。
最初からシリーズとしてまとめようという意図はありませんでした。生活の中で自然に思いつくことが、結果として繋がっていく。それが年月を経るうちに、「記憶シリーズ」や「家シリーズ」としてまとまっていっただけです。例えば、家シリーズも、実際の住環境や生活状況の変化によって作品の形は微妙に変化しながら、長年続けることでシリーズとして認識されるようになったという感じです。今後も、記憶シリーズの新作になるかもしれませんし、全く別のシリーズが生まれるかもしれません。シリーズの「最終話」が決まっているわけではなく、むしろ常に進行中という感覚です。

ーー角さんが美術を始めたきっかけを教えてください。
僕は福井県の山間部で育ちました。幼い頃から祖父母と一緒に畑仕事や山仕事を手伝ったり、田舎の小学校での授業が面白くて、山の土から縄文土器を作るなど、実際に手を動かして身近な素材を使う体験を通して図工や美術が好きになりました。
ただ、当時は美大に進学するという発想はなく、普通の大学に進むつもりでいましたが、あるきっかけで将来を考えたときに初めて美術に進もうと決め、19、20歳の頃に前の大学を辞めて美術を学び始めました。
制作すること自体が楽しく、手を動かしながら物を作るスタイルが自分に合っていたので、武蔵野美術大学の工芸工業デザイン学科に進学しました。当時はほとんどの学生が企業に就職する道を選ぶ中、僕は自分のイメージを形にしたいという思いから、独自の制作活動を続ける道を選びました。それが現在に至る始まりです。
ーーそこからアートフロントギャラリーとの関わりはどう始まっていったのでしょうか。
美大卒業後は助手として約5年間大学に勤務しました。学校の設備や工房を使いながら制作ができ、給料も得られる環境でした。その間に海外に行きたい気持ちもあり、パリには学校のアワードで留学しました。帰国後は作家として生きていきたい思いが強くなり、仕事をしながら公募やコンペに応募し、溶接で実用的なものを作りつつ、自分の作品も制作・発表していました。
その活動の中で、代官山の蔦屋書店ができるタイミングで、Anjinというスペースの本棚に展示するアートピースをアートフロントギャラリーがコーディネートしており、作家をピックアップする中で偶然僕の作品を見つけてもらいました。ポートフォリオを持っていったところ、作品を置いてもらえることになり、個展の話にもつながりました。そのままアートフロントギャラリーとの関わりが始まり、現在に至ります。

ーー角さんはギャラリーだけでなく、パブリックスペースや芸術祭でも作品を発表されています。最近では銀座のメゾンエルメスのショーウィンドウも手掛けていらっしゃいますが、どのように作品を表現されているのでしょうか。
銀座のメゾンエルメスで最初にショーウィンドウを担当させてもらったのは、アートフロントギャラリーを通して韓国のアートフェア「Kiaf SEOUL」に出展したことがきっかけです。アートフェアは通常、作品を販売するブースが多いのですが、その中で僕は大きな彫刻作品を展示し、インスタレーション的な面白さも見せていました。その様子をパリのエルメスのショーウィンドウ担当者が偶然見つけ、「面白い」と声をかけてくれたのです。
ショーウィンドウは狭く見える一方で立体空間であり、平面的な絵画よりもレイヤー構造を活かした立体作家の作品が求められます。アートフェアで展示していた、彫刻を使った不思議な空間の作り方が評価され、最初のウィンドウ展示ではボルダリングシリーズを用い、エルメスの服を着たマネキンが登るようなインスタレーションを制作しました。
ーー角さんはギャラリー、芸術祭、パブリックスペース、ホテルなど本当に様々な場所で作品を展開されていますね。場所による作品の違いは感じられますか?
芸術祭やギャラリーでは、基本的にアートを見に来る人が対象になりますが、パブリックスペースではアートにあまり関心がない人も通りがかりで作品を見ることがあります。その違いを意識しつつ、僕は特にアート好きに向けて作るというよりも、誰が見ても面白いと感じる作品を作りたいと思っています。わかりやすさを大切にしつつ、その先に少し含みや余白を持たせるのがコンセプトです。


左《Homing》(千葉県150周年「百年後芸術祭 内房総アートフェス」内田未来楽校、2023-24)photo by Osamu Nakamura、右《Air Diver》 (瀬戸内国際芸術祭2013、男木島、2013)
ーー最近では2024年の台湾での芸術祭や、先月までの韓国での展示など、国際的な場で活躍されていますが、今後展開したい場所などはありますか。
国や場所についても特にこだわりはなく、国内外、都市型でも自然豊かな地域でも、どこでも楽しんで制作できるのが自分のスタイルです。最近では台湾の芸術祭や韓国での展示も経験しましたが、その土地や空間に合わせて考えながら作品を作るのが面白い。どの国でも楽しめるので、それは今後も変わらないと思います。
ーー最後に、今回の展覧会に来られる方へメッセージを!

僕の作品は、その時々の自分の思いつきや表現したいことを形にしただけです。ただ、その中にはやっぱり時代や環境の変化が反映されている部分もあると思います。
今回のシリーズでは、人型の作品の形を微妙に変えて表現しています。これは、携帯やコンピュータの発達によって、僕たちの記憶や思考の仕方が少し変わってきたことへのささやかな視覚化です。見た目は大きく変わらなくても、記憶や想像のあり方は変わっている。それを面白いと思ったり、場合によっては少し危機感を感じてもらえたりすると嬉しいです。
もちろん、何かを強制するわけではありません。ただ、作品を通して「こんなふうに考えるのも面白いかも」とか「記憶ってこういう風にも捉えられるんだな」と思ってもらえるような、ちょっとしたきっかけになればと思っています。


「気になるものはとりあえず置いておく」と話す角さん。棚に眠る大阪城のお土産など、色や質感に惹かれて集まった日用品が作品の素材になることも。
会期|2025年9月12日(金)~10月25日(土)
休廊日| 日曜、月曜、祝日
時間|火~土 11:00-17:00
会場| アートフロントギャラリー
(〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町29-18 ヒルサイドテラスA、1F)
トークイベント 角文平×中野仁詞×北川フラム
日時|2025年 9月 12日(月)18:30~ ※レセプションは19:30~
お申込みは以下のリンクから
https://forms.gle/sNHZGNZQCSjBHCpR6

角文平(かど ぶんぺい)
1978年福井県生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科金工専攻を卒業後、身近な日用品や既製品を素材に、詩的かつ幻想的なインスタレーションを制作している。既視感のあるオブジェクトを組み合わせ、光や空間の操作によって新たな意味を立ち上げることで、日常と非日常の境界を揺さぶる表現を展開。作品はしばしば「箱舟」や「庭」「家」といったモチーフを通じ、宇宙的なスケールと人間的な営みを接続させる試みとなっている。これまで「百年後芸術祭-内房総アートフェス」「瀬戸内国際芸術祭」をはじめ、韓国・台湾・シンガポールなど国内外で作品を発表。2020年にはSanwacompany Art Awardでグランプリを受賞。銀座・京都・ミラノのエルメス店舗におけるウィンドウディスプレイを手がけるなど、その表現は国内外で高く評価されている。主要な企業や公共施設にも作品が収蔵されている。