久野彩子が駆使する鋳金技法は、日本の伝統技術である。長く師について技術を習得しなければならない仕事は、現代の日本では失われつつあるが、他方で、土地に根付いた文化を知る手がかりとなることから見直しもされている。久野が使うロスト・ワックスの手法は、ロウの原型を金属に置き換えるために間違いのない慎重な作業が求められる仕事だ。手間を厭わない職人気質は、礼儀作法、品位とともに日本の伝統工芸では死活的に重要な資質である。久野の仕事は、先人の知見を「もともとそこにあったもの」のようにやすやすと扱っているようにみえる。工芸領域が醸し出す神話の空気を纏いながら、新しい可能性を開くポテンシャルを持った独自の制作方法といえるだろう。
東京で生まれ育った久野にとって、都市の風景が上書きされることは日常的にありふれたことであった。雑然とした街の空気感に惹かれた久野の関心は、やがて地図上の境界線に向けられた。久野は、グーグル・アースによって俯瞰して見ることができる地球上の都市に着目した。鉄道や高速道路、高層ビルなどの人造物の輪郭を、精密な鋳造技法で造られた金属の線として掴み取る。それらのパーツを組み合わせながらヒューマンスケールを超える世界を表現する。一望高みから現実を表した久野の作品からは、日々の生活の中では見えない心象風景が感じられる。目の前のものに気をとられると本質を見失ってしまう。景観の変化に対して必ずしも悲観する必要はなく、それに反して、人の営みによって世界はどんどん良くなっていくという久野の意志の表れが作品から感じられる。
人間社会における複雑に絡み合う物事や世の中に氾濫する情報、そして、人々が繰り返してきた建造と破壊、再構築といった行為について、久野は未来へ続く生命エネルギーとして捉えている。ボーダーラインが交錯する世界をシンプルなパターンで直感的に組みあわせていく仕事は、眼前に展開するランダムな現象の背後に美的な秩序が存在するという法則性の証のようだ。人が行き交う軌跡は重なり、複雑な風景のポートレイトを造りだす。線の軌跡は菌糸のように増殖し、連続性のある時間と生命力のプロセスとして現代の光景が表現されている。
しかし、仮に観る者が生命活動の軌跡を廃墟のように感じるとしたら、現実社会における絶え間ない戦争や課題の果てにある無慈悲で非人情的な都市の姿を見るからなのかもしれない。