山本さんは、自身の作品制作の中で、見ることと描くことの狭間に浮かんでくる“境界”と向き合い続けてきた。彼女は、確かな描画術による線や面の画面構成と、色彩に対する優れた感性で、これまで高い評価を得てきたが、描くことについての彼女の関心事は常に、見ていること、見えているものへの疑問が出発点にあり、以前から一貫している。
日常の中で目にする街の風景や自然のすがた、毎日通る道、連なるビル、木々のシルエット、光の反射、影の色。見知っているはずの何かの色も形態も、記憶の中では確かなようで定かではない。この不確かさを、色と抽象化した形でどのように絵画化するか、山本さんの目と手は、キャンバスの中で、可視と不可視のあいだを行き来しながら表現の可能性を探っていく。そして、素晴らしく美しい色彩をまとって、山本さんの絵画は完成する。見えていないものの気配を感じる絵、そんな印象を私は持っていた。2018年に私が所属する目黒区美術館で担当してくれたワークショップは、色鉛筆や水彩絵具などさまざまな画材で「花を描く」というものだったが、副題につけた「見ることと描くことのあいだのやりとり」はまさに山本さんの絵画制作の姿勢を表わす言葉なのだと、今あらためて思っている。
新作は地図を元に描いた作品で、しかもシルクスクリーンで色を重ねていく。そう山本さんから聞いた時は、正直驚いた。シルクスクリーンの版を少しずらして色を置く、透過性のあるインクの輪郭線は積層し、境界はとけていく―。そんなことをつらつらと考えていたら、今回の展覧会タイトルが「Playing with Maps」と題されたと知り、少しだけ感覚がひらけたような気がした。山本さんは境界をめぐる新しい冒険にのりだしたのだと思った。色は重なり、重なりは“関わり”となる。観る者の想像力をかき立ててやまない、この画家の新しい冒険にぜひ対峙してほしい。