-1240x829.jpg)
| 実行委員 | 粟津潔、内山尚三、大岡信、大沼保昭、加藤周一、楠原彰、立松和平、土本典昭、勅使河原宏、中山公男、野間宏、原広司、針生一郎、武者小路公秀、山口昌男 |
南アフリカの人種隔離政策・アパルトヘイトに反対する美術展がユネスコを中心に組織され、世界34カ国81人のアーティストが参加、1983年パリでの第1回展以来、世界12の国と地域で開催されました。この展覧会の日本開催の窓口となり、2年間で全国194か所を巡回、38万人を動員したのが「アパルトヘイト否(ノン)!国際美術展」です。
できるだけ多くの人、特に子どもたちに見てもらうために、1日1か所での展覧会の開催を可能とする美術収蔵庫付き大型トラック「ゆりあ・ぺむぺる号」を制作。沖縄を皮切りに各地で草の根の実行委員会が設立され、展覧会は引き継がれていきました。国会でも開催され、オープニングには首相以下、各党党首が出席、全国で展覧会に関わった1000人が参加しました。獄中のネルソン・マンデラ氏からメッセージも寄せられ、日本の対南ア政策に影響を与えました。
展覧会はその後、「ゆりあ・ぺむぺる号」に運ばれて玄界灘を渡り、国連加盟前の韓国・ソウルでも開催されました。
アパルトヘイト廃止後、作品は南アの国会議事堂で展示、その後、西ケープのマイブイエセンターに収蔵されています。ガウディ展、アパノン展で生まれた「世界」「地域」へのまなざしは、その後のアートフロントギャラリーの活動を貫く視点となっていきます。
できるだけ多くの人、特に子どもたちに見てもらうために、1日1か所での展覧会の開催を可能とする美術収蔵庫付き大型トラック「ゆりあ・ぺむぺる号」を制作。沖縄を皮切りに各地で草の根の実行委員会が設立され、展覧会は引き継がれていきました。国会でも開催され、オープニングには首相以下、各党党首が出席、全国で展覧会に関わった1000人が参加しました。獄中のネルソン・マンデラ氏からメッセージも寄せられ、日本の対南ア政策に影響を与えました。
展覧会はその後、「ゆりあ・ぺむぺる号」に運ばれて玄界灘を渡り、国連加盟前の韓国・ソウルでも開催されました。
アパルトヘイト廃止後、作品は南アの国会議事堂で展示、その後、西ケープのマイブイエセンターに収蔵されています。ガウディ展、アパノン展で生まれた「世界」「地域」へのまなざしは、その後のアートフロントギャラリーの活動を貫く視点となっていきます。

